スペイン人は本当に大阪人に似ているのか。。???

 

スペイン人って、

よく日本で言うと大阪の人たちだと言われます。

 

フレンドリーで。お世話好き。オープンマインドでおしゃべり好き。

(特に、南のアンダルシア人ですが。)

 

私には、それが大阪の人たちと共通しているのか、あまり大阪の人たちを知らないの分かりませんが。

でも、1年もここに住んでいると、スペイン人という人種のイメージは

だいぶ変わります。

 

例えば、私が何もないところで派手にコケると、

どこからともなく人が駆け寄ってきます。

「あなた、大丈夫なの?どこ、ケガしたの?ほら、見せて。」

と、スペイン語がこのアジア人に通じるかどうかなんて関係なく話かけてくる。

そして永遠に話つづける(笑)

 

例えば、スーパーで買い物をしていると、

おばさんが「ねぇ、卵の売ってる場所どこだったかしら?」と私に訪ねてくる。

 

スペイン人に聞いた方が、正解をゲットできる確率は高いと思うんですが。。w

と心の中で思う。

 

例えば、ジプシーが道端でよく寝ているスペイン。

ある日、若いジプシーの男の子に、ヨーグルトを朝手渡すスペイン人をみたりします。

 

またある冬の日。そして1時を過ぎた夜中。

段ボールで囲んだお部屋の中で寝ている彼を、横目で見ながら素通りする私。

こころの中で、こんなとこで、寒いだろうに。と思う。

 

そして、私の後ろで歩いていたスペイン人のおばさん。

大胆にも、その段ボールを剥いで、中のジプシー君に話かける。

「こんなとこ。さむいわょ!それに物騒でしょ?違うとこで寝なさい!!」

 

人間の違いを感じます。(笑)

 

 

確かに、スペイン人といると優しいと感動する場面はいくつもある。

 

でも、長くいればいる程、最初の優しさはだんだん影をひそめ、

冷たい。。と感じることが増えてくる。

 

それは、

どこまでも近寄っていけそうな雰囲気を持っているスペイン人なのに、

ある距離まで近づくと、

「これ以上こちらの領域に入ってこないで」と言われている様な気がするからです。

 

スペイン人は家族をとても大事にします。

そのコミュニティはとても閉鎖的。

 

それが、いいのか悪いのかは判断できませんが、

それが、大阪人とにているのか、むしろ日本人の誰かに例えられるのか。疑問です。

 

 

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白い村、Mijas(ミハス)。

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アンダルシア、Malagaマラガ県で一番日本人に出会える町。Mijas(ミハス)。

 

山の斜面に広がる小さな村です。

アンダルシアの白い家の村として有名。

(といってもアンダルシアを旅すると、白い村はどこにでもあることに気付きますがw)

 

でも、この町はコンパクトにキレイに整っています。

 

 

天気が良ければ、高台からCosta del solo(太陽のコーストッて訳せばいいのかなw?)

と呼ばれる、MalagaからFuengirolaの海岸がキレイにみえます。

 

さらに空気が澄んでいるときは、地中海を超えたその先にアフリカ大陸が見えます。

 

この町に行くまでの山道で私はいつも酔うので、気を付けてください。

スペインRONDAの魅力。

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RondaはMalagaからバスで1時間半程の小さな町です。

 

ここが有名になったのは、

映画「アンダルシア」の舞台になったこと。

 

崖の上にできた旧市街ともう一つの崖の上に作られてた新市街を一つの大きな橋がつないでいる、

その画がとても有名ですが、

私は、この崖の町から見るスペインの大地が好きです。

 

馬も、人も、みんな小さい。

大地だけが広く続いていて、人はその大地に埋もれている感じがします。

そこでは、人間も、動物も平等で、太陽だけが力を持っている様に見えます。

 

アンダルシアは雨の日がかなり少なく、

いつも快晴なので、いつもきれいな景色を見せてくれます。

アンダルシアという魅力。

 

 

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スペイン アンダルシアに住んで1年半以上。

なんとも住みにくい国です。(笑)

 

文句はたくさんある。

 

約束は50%くらいしか守られない。

効率なんて概念、どこにもない。

警察の中に入るのに外で2時間半待つ。

その間に門番は5本以上のタバコを吸って、

SAMSUNGと思われる大きな画面のケータイをチャカチャカ触って、ニヤニヤする。

 

カフェの最中でも、大事なミーティングでも、

一人が意見を言い出すと、みんな一斉に話し出して、誰も意見も聞こえない。

 

仕舞いには、自分の隣の人にさえ伝わればいいと、隣の人と2人で話し出す(笑)。

 

でも、信号機、靑になるのを待って立っていると、

隣のおばさんが、「今日はキレイな空ね」とニコリと笑ったり。

 

夜になると現れるオレンジの街頭に照らされた白い家が

なんともキレイだったり。

 

プラスマイナスの結果、ゼロのボーダーをプラス方向に少し上回って、

今日も、一日ここで暮らす。

海の向こうから日本で生きていくということを考えてみるw

私の友達が、最近習い事を増やしました。

(始めたのではなく、増やしたのですw)

「料理」「陶芸」「英会話」

 

ある化粧品会社のマーケティングで、一生懸命アラサー女性のキャラクターを分析していた頃、ひとつのKeywordを見つけました。

 

「自分磨き」

 

私はそのアラサーというくくりの一構成要素wなので、気持ちはわかる。

 

平日は毎日忙しく仕事をする。

会社のため(と思う人も少ないかも)、上司のため、自分の安全のため(これが一番多いかもw)必死で働くと、もう休日。

休日寝て過ごすのも、友達とお金をたくさん使って騒ぐのも、自分のためになっているか疑問で、自分のためになることを始めたいと思う。

それがなにかは、、、適当に選ぶw

 

日本を飛び出してしまった私には、

それが結構、不思議な光景に見えるのです。

 

なんか企業戦略にうまくのらされている気さえする。(私の意見ですが。)

そこに、どれくらいの自分の意思があるのか、、よく見えない。

 

これはアラサーがよく抱える問題だと思う。

 

日本で生きていると、自分がぼやけていく感じがする。

いや、もともと自分とはどんな意思を持って生きている人間なのか考えたこともあまりない。

 

よく、友達に「好きなことができてるなんてうらやましい」と言われます。

でも、好きなことを選んでしまっても、結構苦しみますよw。

 

誰も私の人生に口をださない。誰も指図なんてしない。

だから、毎日自分にディレクションを聞くしかない。

 

明日はどうしますか?来年はどこにいますか?何をしますか?

それは成功しますか?間違っていませんか?お金は大丈夫?

 

全て、自分が決める。だからこそ、全て自分に責任が発生する。

もう人のせいには一切できない。愚痴すら出てこない。

 

私たち、自分がぼやけた世代には、結構な試練です。w

 

あと。一つ。やっぱり、「うらやましくない」ですよw

私は別に、前の職場から「辞めて下さい」と言われたわけでも、スペインから「我が国に招待します!」と言われたわけでもない。

 

みんなと同じ様に働いている中で、みんなが働き続けることを選択した様に、私は一度止めることを選択しただけ。

みんなができる範囲内で、たまたまみんながあまりしないことをしているだけです。

 

自分の周りで起こるモノゴトを決してコントロールはできないのに、

みんな、どこにいても自分の選択で自分の人生を作っている。

 

 

だけど、自分が決めた明日が楽しいとなんだか本当にうれしい。

 

ちなみに、もし日本に帰ることにしたら、私は習い事をします。

それは「乗馬」。

この前、ジョニーデップの映画を見て、馬にのるジョニーデップが素敵だったからw

 

私の選択は結構くだらないですw